【投稿者:ひかり(仮名)/40代・男性・愛知県】
家族というのはいつもそこにあるものだと思っていた。僕にとって家族との食事は、日常の何気ないひとときであり、特別なことではないはずだった。しかし、その食卓が崩壊する瞬間を目の当たりにしたとき、僕は何もできず、ただ呆然とするしかなかった。それは突然訪れた。
あの日もいつも通りの夕食のはずだった。仕事から帰宅し、母が作った料理が並ぶ食卓に着いた。父は無口でテレビを見ており、母は笑顔で料理をすすめてくれ
[member]た。妹はスマートフォンをいじりながら、「これ、おいしいね」なんて言っていた。
そんな何気ない日常が、たったひとつの言葉で崩壊したんだ。
「離婚する」
父が突然そう言った瞬間、食卓を覆う空気がぱっと凍りついた。笑っていた妹の顔から笑顔が消え、動かしていた手が止まった。母はしばらく言葉が出なかった。僕も耳を疑った。この家のどこにそんな問題が潜んでいたのか。
「もう限界なんだ」と父が続けた。それまでに聞いたことのないほどに乾いた声だった。母は目を見開いたまま、小さく震えていた。僕は何を言えばよいのかわからなかった。言葉が出ないということが、こんなにも辛いものだとはそのとき初めて知った。
誰が悪いわけでもない、けれど、誰もが被害者だった。どうして父と母はこんな選択をしてしまったのか。家族として、一緒に生活を共にしてきたはずじゃないか。もう一緒にはいられない理由があるのか。頭の中では問いがぐるぐると巡り、気持ちの整理がつかなかった。
妹は泣き出して、母にすがりついた。「本当に?嘘だと言ってよ」と叫んでいた。彼女にとっても、いや、おそらく家族全員にとって予想だにしない事態だった。ずっと続くと信じていた日常が、根底から覆された瞬間だった。
母がようやく口を開くまで、どれくらいの時間が流れたのか覚えていない。ただ涙を流し、「なんで今なの」とつぶやく母の声が耳につき刺さった。
誰も何も食べられなくなった。食卓には手をつけられることのなかった料理がただ冷たく残っていた。それぞれの思いが交錯し、それがかえって不気味な沈黙を生んでいた。食卓には冷たい無音だけが満ちて、その空間に耐えきれなかった。
何もできないまま、日々はそれからも過ぎて行った。母は家を出る準備を始め、父は仕事に行って帰ってくるだけの存在になった。食卓を囲むという文化は、僕たち家族からもはや消えていた。妹は泣くだけ泣いて、その後愚痴ひとつ漏らさなくなった。
僕はただそれを悲しむことしかできなかった。どうすることもできず、ただその事実に押しつぶされそうになるばかりだった。家族のつながりがこんなにも脆いものだったなんて、考えようともしていなかった自分が情けない。
あの沈黙の日以来、僕は家での食事が恐ろしくてたまらない。食卓自体が忌まわしいものに感じてしまうのだ。本来ならば笑い声とともに何気ない会話が交わされるはずだったその場は、今やただの孤独を感じさせる場と化してしまった。家族とは一体なんだったのか。崩壊してしまった絆を嘆くことしかできない現状に、僕はただ胸が詰まる思いを抱えたまま過ごしている。どれだけ考えても答えは見つからず、僕の中ではただ悲しみが重い鎖のようにまとわりついているだけだ。[/member]