【投稿者:光陽(こうよう)(仮名)/50代・男性・鳥取県】
あの日、俺は何も知らずに家に帰ってきた。特に気を張ることもなく、いつものように鍵を開けて家に入った。仕事で疲れていた俺にとって、家は唯一の安心できる場所だった。少なくともその日はそう思っていた。
家のドアの向こうに「真実」が潜んでいるなんて、予想だにしなかった。俺の家の隣には、笑顔が絶えない家族が住んでいた。明るい声が毎日聞こえてきて、理想の家庭のように見えた。隣の奥さんはいつも優しく微笑み、旦
[member]那さんも俺によく挨拶をしてくれて、子どもたちの愛らしい声が絶え間なく聞こえていた。
その日、俺が帰ったとき、隣の家のドアが開いていた。ちょっとした違和感を感じたが、特に気にせず自分の部屋に入った。しばらくすると、何度かドアを叩く音が聞こえた。最初は気のせいだと思ったけれど、また聞こえたのでドアを開けた。そこには泣きじゃくる隣の奥さんが立っていた。
「お願い、警察を呼んで」と、その言葉を聞くだけで何が起きているのか分からなくなった。慌てて奥さんを家の中に招き入れ、何があったのか聞いた。でも返ってくるのは涙声で、理解できる言葉にならなかった。それでも何とか警察に電話し、事情を説明した。
しばらくするとなぜか多くの警察が到着し、事態は一気に動き始めた。俺は驚くばかりで、何もできないままでいた。その間にも、隣の家の様子が気になり、中をのぞいてしまった。その時目にしたものは、想像した以上の悲惨な現実だった。
そこには、暴力の痕跡が残された部屋があった。家具は散乱し、血の跡がところどころにあり、嘘のようで本当の光景が広がっていた。信じたくなかった。あの温かい家庭が、どうしてこんなことになっているのか分からなかった。
後になって、隣人の旦那さんが長年にわたってDVをしていたことが明らかになった。あの朗らかな笑顔の裏に、そんな恐ろしい現実が隠されていたなんて。毎日すれ違う彼の顔からは、そんな一面があるなんて一度も想像できなかった。
隣の奥さんは、夫の暴力から子供たちを守るために、一人で戦い続けていたという。どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか、俺は自分を責めた。声が聞こえていたとき、その陽気な声の裏には助けを求める叫びがあったのかもしれない。同じ建物に住んでいながら、それに気付けなかった自分が情けなかった。
その後、奥さんは子どもたちを連れて急遽実家へ戻り、状況は少し落ち着いた。だが俺の心には、大きな傷が残った。人はこんなにも表と裏の顔を持ち合わせているのか。どんなに近くに住んでいても、本当の姿なんて見抜けないのかと考えると、誰も信じられなくなった。
それぞれがそれぞれの誰にも言えない苦しみを抱えて生きている。だけど、俺たちのように周囲にいる人間は、その苦しみの兆候を見逃してしまうのが現実だ。
ただただ目の前の光景に呆然とし、俺はどうしようもない喪失感と無力感を抱き続けながら今も生活している。そして今でも、俺は隣人たちの笑顔を思い出すたびに、心が痛む。それだけが今の俺にできることだ。[/member]